心療内科 レジデントマニュアル

関西の有志の心療内科医によるブログです。心身医学・心療内科についての正しい理解を広めていきたいと思います。

アレキシサイミア(失感情症)とは?

アレキシサイミアは、日本語では『失感情症』と呼ばれ、「自分自身の感情を表現する言葉を見つけるのが難しい」性格傾向のことをいいます。このアレキシサイミアは、一般人口の約十数%程度が有するといわれており、心身症患者の重要な病態の一つとされています。現在までに、気管支喘息、高血圧、炎症性腸疾患、慢性疼痛、抑うつ、身体表現性障害など、多数の疾患との関連が報告されています。

 

アレキシサイミアが、どのように心身症につながるかについては諸説ありますが、『アレキシサイミア傾向の人は、自分の微妙な感情の変化に気付き、言葉にしてゆくことができないために、自己の情動を上手にコントロール出来ない。従ってそれらが自律神経系・内分泌系などを介して、身体症状として現れてくる。』というのが一説です。またこうした患者さんは、治療に際しても心理療法などに抵抗性で、難治性になりやすいことが、経験的に知られています。

 

アレキシサイミアには、一般的に以下の4つの特徴があるとされています。

1)自分の感情や身体の感覚に気づいたり,区別したりすることが困難である。

2)感情を表現することが難しい。

3)空想力に乏しい。

4)自己の内面よりも外的な事実へ関心が向かう(機械的思考)。

 

では、我々心療内科医は、患者さんにアレキシサイミアの傾向があるかどうかをどのように判断しているのでしょうか?その客観的指標として自己記入式の質問紙を用いる方法があります。その一つが日本語版The 20-item Toronto Alexithymia Scale TAS-20)(※1)と言われるものです。このテストは全20項目の質問に、1(全くあてはまらない)~5(非常にあてはまる)の5段階評価で答えるもので、60点以上でアレキシサイミア傾向が強いとされます。

 

最新の研究では、アレキシサイミアの脳画像的な解析も進んできています。アレキシサイミア傾向の人では、外的な情動刺激に対する辺縁系・傍辺縁系の反応性は低下しており、内的な体性感覚・運動などの「身体」にまつわる刺激に対しては、島皮質や感覚運動領域をはじめとして、むしろ亢進していることなどが分かってきました。(※2)

 

ところで、アレキシサイミアと似た用語で、アレキシソミアという言葉もあります。これは日本語では『失体感症』と呼ばれ、故池見酉次郎が提唱した概念です(※3)。このアレキシソミアも心身症との関与が示唆されていますが、まだ十分な研究は進んでおらず、これからの心療内科医の課題となっています。

 

(※1)

小牧元,前田基成,有村達之,他:日本語版The 20item Toronto Alexithymia Scale

TAS20)の信頼性,因子的妥当性の検討.心身医 438398462003

 

(※2)

守口善也 : アレキシサイミアの脳画像研究. 心身医 51(2) : 141-150, 2011

 

(※3)

Ikemi Y, Ikemi A. An oriental point of view in psychosomatic medicine Psychother Psychosom 45 : 118-126 1986

 

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このブログは関西医大・近畿大を中心とした若手心療内科医によって運営されています。

関西医科大学心療内科http://www3.kmu.ac.jp/psm/

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心身相関とは

心身相関とは「心と身体が相互に影響をおぼよしていること」を意味します。

 

例:心→身体

・慢性疼痛(心身症)の患者さんで、落ち込んだ時や怒りを感じた時に痛みが強くなる。

・過敏性症候群(心身症)の患者さんで、不安が高まった時に腹痛が出る。

例:身体→心

・慢性疼痛(心身症)の患者さんで、痛みが強くなると絶望感を感じる。

・過敏性症候群(心身症)の患者さんで、腹痛や下痢が続くと、不安が強くなる。

 

この心身相関は私たちも経験することが少なくありません。試験前にとても緊張した時に脈が速くなって動悸を感じたり、失恋して落ち込んだ時に食欲がなくなったり、このような経験されたことのある方もおられると思います。

心療内科の治療においては心身相関について患者さんが気づいていくことが大事な作業になることがあります。心療内科を受診される患者さんの中には以下のような苦痛を感じておられる方がおられるからです。

 

・つらい症状が続いているのに受診した医師からは「どこも異常がない」と言われた。何か重大な病気がかくれているんじゃないだろうか。

 

「原因のわからない、重大な病気かもしれない症状」に不安になり、悩まされている患者さんが心と身体のつながりに気づくことができれば、その症状のメカニズムを把握できるようになり、今度はその症状を自分でどのように扱っていくかという治療に目が向けることができるようになります。

 

ただ、この心身相関への気づきを促すのは慎重にしないといけないこともあります。例えばこんな患者さんならどうしましょう。

 

・医師から「精神的なもの」と言われた。私がつらいのは身体の症状なのに!

 

このような患者さんに心身相関のお話をストレートにぶつけるのは難しいですよね。どのように心身相関への気づきを促すかは別の項でお話ししたいと思います。

 

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心身症とは

まずは以下の問題を考えてみてください。

 

心身症」について以下の選択肢のうち、正解の選択肢を選べ(複数回答可)

1)うつ病

2)不安障害

3)1)2)以外の精神疾患

4)病気ではないが、ややこしい患者

 

少し意地悪な問題を出題しましたが、これらの選択肢のどれもが正解ではありません。

 

心身症とは、「身体疾患のなかで、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症やうつ病など、他の精神疾患に伴う身体症状は除外する」(日本心身医学会より)

つまり、独立した疾患単位ではなく、各診療科や各器官における疾患のなかで定義の条件にあてはまるものをいいます。

 

よって、この問題の選択肢は、下記の3つの意味で間違っています。

1)精神疾患である

2)病態ではなく病名

3)病気・患者ではない

 

ただ、この定義がわかりにくいのも事実です。なので、以下に少し噛み砕いて記載します。

「性格や環境要因が発症因子・持続因子となっている、器質的and/or機能的障害を有する身体の病態」

 

鋭い読者の方には、「ああ、学校(会議)に行くときお腹をこわすやついたなー」と思いだされた方がいると思います。「自分もそうだったな」と思われる方もいるかもしれません。

 

 

しかし、「環境要因が病態の原因なんて、科学的ではない」という意見もあると思います。

そこで、いくつか最新のエビデンスを示したいと思います。

1つ目はがんに関するものです。これは日本の研究ですが、喫煙、肥満、過度な飲酒が、がんの発症リスクを高める1)といった報告があります。これらの生活集荷の乱れに何らかのストレスが関連している可能性もありますし、そもそも、こういった生活習慣も環境要因といってよいかと思います。

2つ目は痛みに関するものです。社会的疎外感がPain networkの背側前帯状皮質を活性化するといった研究2)ですが、疼痛を主訴に訴えられる患者さんは、社会的疎外感を含む痛みの悪循環に陥っている方が多いと思います。

 

ただ、心身医学の分野はまだまだエビデンスの集積が不足しており、今後も研究を重ねていくことが欠かせません。

 

まとめとして、心身症とは「性格や環境要因が発症因子・持続因子となっている、器質的and/or機能的障害を有する身体の病態」であると言えます。

 

1) Tanaka S, et al. Projecting the probability of survival free from cancer and cardiovascular incidence through lifestyle modification in Japan. Prev Med, 48(2): 128-33, 2009

2) Lieberman MD, et al. Pains and Pleasures of Social Life.Science. 323(5916):890-891.

2009

 

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「心身医学標準テキスト第3版より引用」

心療内科とは?

心療内科は「内科医が患者さんの心と体を分けずにそのつながりを含めて、全人的な視点で診療を行う科」です。そして、心療内科が専門とする疾患は心身症になります。例を挙げますと、会社の上司に言いたいことが言えずストレスがたまり、朝になると腹痛・下痢がある過敏性腸症候群(心身症)の患者さんに対して、適切な自己主張の方法とリラックス法を学んで頂き、症状の自己コントロールを身に着けてもらうような治療を行います。

 

 よく患者さんからも医療者の方からも精神科のとの違いがわからないという質問を受けます。精神科ではいわゆる心の病を診ますが、心療内科では心理社会的な背景から体に症状が出る内科疾患の診療を行います。したがって統合失調症などは心療内科で診ることはありません。

 

 一方で2つの科の区別を難しくしている背景がいくつかあります。1つ目は、心療内科を標榜している多くの医師が精神科医であること。つまり本来の心療内科医の方がマイノリティなのです。2つ目は、心療内科医も実際には精神科医が診るうつ病双極性障害強迫神経症を診ることがあるとうことです。このような疾患でも身体症状が全面に出ることがあることから、厳密な線引きができないのが現状です。また、一般病院で精神科がなく、心療内科しかない場合には精神科の役割を担わなければならない場合もあります。

 

 

 また、上記のような心療内科の患者さんの捉え方は家庭医と近いのかもしれません。ここでもいくつかの違いがあるように思います。一つ目は心療内科医は患者の心の動きだけではなく、自分自身の心の動き、患者と自分との関係性を見つめながら診療を行います。また、患者さんを診る時に、病を持った人がどうなればいいのかという視点が強いと思います。例えば、心因性咳嗽の患者さんの咳嗽が、患者さんの非常に深刻な心理社会的なストレスへの直面化を避けるための手段であるとアセスメントすれば、症状軽減を目指すのではなく、症状は残したまま、その患者さんが日常生活を維持できるようなサポートに徹することもあります。このあたりの詳しい話はおいおい書いていきたいと思います。

 

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