心療内科 レジデントマニュアル

関西の有志の心療内科医によるブログです。心身医学・心療内科についての正しい理解を広めていきたいと思います。

心身相関の理解の促進

こちらのスライドは2014年11月9日に行われた日本プライマリ・ケア連合学会秋季生涯教育セミナーのWSで発表したスライドを修正したものになります。

プライマリ・ケアの先生方に「心身相関の理解の促進」をわかりやすくお伝えするために、かなり形式化しています。

専門の先生方から見ると、違和感のある内容もあると思いますが、そのような背景をご考慮頂ければ幸いです。

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まず心身相関について簡単に説明をさせて頂きます。

一般的にみなさんが思い浮かべやすいのはこのように心の変化が身体症状となって現れるような病態であると思います。

例えば「職場のストレスで頭痛が起こる」みたいな場合です。

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しかし、心身相関ではこの逆の影響も含みます。

先ほどの例でいくと、頭痛があると、気持もつらくなりますよね。

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ではなぜ、治療過程で患者さんの心身相関に対する理解を促す必要があるのでしょうか?

得られるメリットとしてはこのようなことが考えられます。

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少し具体的に見てみたいと思います。

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まずは心理社会的背景への対処ですが、何らかのストレスが頭痛、喘息、抑うつの原因となっている患者さんがいるとします。

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鎮痛薬を処方して、頭痛が改善したとします。

しかし喘息、抑うつの症状は持続することになります。

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しかし、もとになっているストレスに対処すれば、全ての症状に対処することができます。

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続いてシンドロームシフトについてですが、

例えば何らかのストレスがあり、頭痛がある患者さんがいるとします。

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そこに鎮痛薬を処方して、頭痛がなくなると、

患者さんの身体は頭痛でSOSを出せなくなるので、喘息発作や抑うつなど、別の症状が全面に出てくることがあります。

これをシンドロームシフトと言います。

心身相関を促し、その原因となっているストレスに対処することでこのようなシンドロームシフトを防ぐことができます。

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ストレス対処能力の向上については、このような症例で

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一度心身相関を理解し、症状コントロールを体験していると、

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また別のストレスが起こった時も症状発現の仕組みを理解していますので、

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再び症状コントロールが可能になります。

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ただし、1点、心身相関の理解を促す際の注意点があります。

ストレスとなっている原因がとてもつらい状況ですぐに対処できないような場合、患者さんは無意識に症状発現を通じて日常生活を維持している場合があります。

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そのような患者さんに心身相関の理解を促し、しかも原因に対して対処ができないと、患者さんはつらい現状を直視しなければならないことになり、抑うつが非常に強くなってしますことがあります。

こ のような場合は、あえて心身相関の理解を促すことは保留にし、患者さんと良好な関係性を築いたり、患者さんのリソース(強みや助けになる もの)を 一緒に探していきます。

当院でも慢性咳嗽患者さんに心理士さんが介入後、心身相関の理解が進み、抑うつのためにまったく動けなくなってしまった症例を経験しています。

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心身相関の理解を促進してもよいと判断した際の進め方について簡単にお話しします。

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まずはSTEP1の心身相関の理解の確認です。

患者さんがご自身の身体症状をどのように理解されているかを確かめます。

また、現病歴を聴取する中で、「家族の人はどんな風におしゃっていますか?」「前の先生はどんな風に説明しておられましたか?」とお聞きし、

「それに対してどんな風に感じました?」と患者さん本人がどのように感じているかを確認します。

そして、「何か病気が隠れているんだと思います」のように心身相関の理解がまだ得られていない場合には

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STEP2である心身相関の理解の促進に移ります。

我々心療内科医が用いる方法としてはこのようなものがあります。

体の診察を通じて心身相関の理解を進めていきます。

これはあとで診察例をお示しします。

また症状エピソードを丁寧に聞くことで、患者さんが気づいていなかった誘因を自ら語られていくことがあります。

例えば過敏性腸症候群の腹痛エピソードを丁寧に聞いていくと、平日のみの症状であり、職場でのストレスが原因であることに患者さんが自ら気づいていかれることもあります。

また記録用紙をお渡ししして、症状の変化を記録してもらうこともあります。

疼痛日誌やピークフローメーターを用いた喘息日誌などの記録を通じて心身相関に気づかれる方もおられます。

医療者側から提示する場合には、信頼関係を構築した上で心身相関を含めた病態説明を行います。

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身体診察を用いた心身相関の理解の促進の例をお示しします。

こちらは「Arm Chair Sign」という診察方法になります。

慢性的な筋緊張のある方では、写真のように腕を支えて「力を抜いて下さいね」とお伝えして、手の支えを外した後も腕が下に落ちません。

この体験を通じて患者さん自身が無意識の筋緊張に気づかれることが少なくありません。

また肩の筋肉の触診や圧痛の再現を通じて

「慢性的に体に力が入っているようですね~。」とお伝えすることで、

患者さんが心身の緊張とその原因に目を向けていかれることはしばしば経験します。

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以上のような方法でも心身相関の理解を促すことが難しい場合、もしくは同時に

患者さんが受けいれやすい病態仮説を提示することがあります。

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下行疼痛抑制系ですが、慢性疼痛の患者さんに説明することがあります。

このような図を患者さんにお見せして、

「痛みには脳から抑制する経路があるんです。この経路はつらいことやしんどいことがあると効果が減弱して、痛みを脳で強く感じてしまう。逆に楽しいことやうれしいことがあると効果が増強されて、痛みを脳であまり感じなくなるんです。」

と心身相関の理解のサポートを行います。

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こちらは筋筋膜性疼痛のモデルです。こちらも慢性疼痛の患者さんに用いることが多いです。

患者さんの身体診察の際に筋肉の圧痛があるような場合に用います。

このような絵をかきながら、

普通の筋肉では痛みを起こす物質ができても筋肉の中にある血管が洗い流してくれます。

だけど、ぎゅーっと筋肉が収縮していると血管も押されてぺっしゃんこになって痛みを起こす物質を洗い流せなくなります。

で、痛いと体に力が入りますよね。するとますます筋肉が収縮して悪循環に入って行ってしまいます。

と説明を行います。

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こちらは自律神経系を介した心身相関の説明モデルです。

「僕は学会なんかで緊張するとドキドキするんです。これは大脳で緊張という感情を感じて、これが自律神経の中枢である中脳に影響を与えて、それが心臓に伝わって、脈は速くなるんですね。」と説明しながら、ネガティブな感情があると、自律神経を介して、症状が出ることを説明します。

ただし、過去の「自律神経失調症」という診断名にあまりいい印象を持っていない患者さんの場合は使用を避けた方がいいかもしれません。

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点字の例えです。これは注意集中による症状増悪を説明する際に用います。

目の見えなくなった人がいて、点字を初めてさわったらどうでしょう?たぶんわからないですよね。

でも、毎日触っていると指先に神経が鋭敏になって細かい違いを見分けられるようになります。

このように人間の体にはすぐれた機能があるんですが、つらい症状に関しては逆効果になることがあるんですね。

毎日つらい症状と向き合っていると、その症状をより強く感じるようになってきます。

と説明を行います。

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心身医学的治療において心身相関に「患者さんが自ら気づいてもらえるように」することは有用です。

患者さんによって気づきの度合いは異なるため、医療者が柔軟に促し方を変えていく必要があります。

時には何年もかけて、患者さんが気づいていかれるのを待つこともあります。医療者自身が焦らず、患者さんのペースに寄り添うことが成功の秘訣です。

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