心療内科 レジデントマニュアル

関西の有志の心療内科医によるブログです。心身医学・心療内科についての正しい理解を広めていきたいと思います。

神経性無食欲症者における外来精神療法中断に関連する臨床的特徴

Clinical Characteristics Associated with Premature Termination from Outpatient Psychotherapy for Anorexia Nervosa

Eur Eat Disord Rev. 2014 Jul;22(4):278-84.
Jordan J , McIntosh VV , Carter FA , Joyce PR , Frampton CM , Luty SE
McKenzie JM , Bulik CM .

 

<発表者のコメント>

摂食障害の心性特徴の一つとして、「成熟拒否」「成熟恐怖」はよく知られていると思う。当該論文での治療中断となった摂食障害患者の特徴は、TCI性格尺度「自己超越」の低さであった。先に挙げた従来からの特徴「成熟拒否」「成熟恐怖」と「自己超越」という概念は共に「大人になる(成熟)」という意味が含まれていると考える。ただ、前者には「女性性の否定」の要素も多かったのではないかと思われる一方、後者には「人間的な成長具合」という意味合いが大きいのではないかという気がする。そこには時代背景なども関係するのかもしれない。

 外来での「PTT(治療中断)」の定義の曖昧さなどコントロールされにくい問題はあるものの、摂食障害と「成熟恐怖」「自己超越」との関連、また「成熟恐怖」「自己超越」の成長へ繋がる有効な対応方法なども検討していく必要があるだろうと思う。

 

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このスライドは近畿大学 心療内科の抄読会で扱ったものです。

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心身相関の理解の促進

こちらのスライドは2014年11月9日に行われた日本プライマリ・ケア連合学会秋季生涯教育セミナーのWSで発表したスライドを修正したものになります。

プライマリ・ケアの先生方に「心身相関の理解の促進」をわかりやすくお伝えするために、かなり形式化しています。

専門の先生方から見ると、違和感のある内容もあると思いますが、そのような背景をご考慮頂ければ幸いです。

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まず心身相関について簡単に説明をさせて頂きます。

一般的にみなさんが思い浮かべやすいのはこのように心の変化が身体症状となって現れるような病態であると思います。

例えば「職場のストレスで頭痛が起こる」みたいな場合です。

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しかし、心身相関ではこの逆の影響も含みます。

先ほどの例でいくと、頭痛があると、気持もつらくなりますよね。

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ではなぜ、治療過程で患者さんの心身相関に対する理解を促す必要があるのでしょうか?

得られるメリットとしてはこのようなことが考えられます。

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少し具体的に見てみたいと思います。

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まずは心理社会的背景への対処ですが、何らかのストレスが頭痛、喘息、抑うつの原因となっている患者さんがいるとします。

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鎮痛薬を処方して、頭痛が改善したとします。

しかし喘息、抑うつの症状は持続することになります。

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しかし、もとになっているストレスに対処すれば、全ての症状に対処することができます。

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続いてシンドロームシフトについてですが、

例えば何らかのストレスがあり、頭痛がある患者さんがいるとします。

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そこに鎮痛薬を処方して、頭痛がなくなると、

患者さんの身体は頭痛でSOSを出せなくなるので、喘息発作や抑うつなど、別の症状が全面に出てくることがあります。

これをシンドロームシフトと言います。

心身相関を促し、その原因となっているストレスに対処することでこのようなシンドロームシフトを防ぐことができます。

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ストレス対処能力の向上については、このような症例で

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一度心身相関を理解し、症状コントロールを体験していると、

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また別のストレスが起こった時も症状発現の仕組みを理解していますので、

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再び症状コントロールが可能になります。

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ただし、1点、心身相関の理解を促す際の注意点があります。

ストレスとなっている原因がとてもつらい状況ですぐに対処できないような場合、患者さんは無意識に症状発現を通じて日常生活を維持している場合があります。

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そのような患者さんに心身相関の理解を促し、しかも原因に対して対処ができないと、患者さんはつらい現状を直視しなければならないことになり、抑うつが非常に強くなってしますことがあります。

こ のような場合は、あえて心身相関の理解を促すことは保留にし、患者さんと良好な関係性を築いたり、患者さんのリソース(強みや助けになる もの)を 一緒に探していきます。

当院でも慢性咳嗽患者さんに心理士さんが介入後、心身相関の理解が進み、抑うつのためにまったく動けなくなってしまった症例を経験しています。

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心身相関の理解を促進してもよいと判断した際の進め方について簡単にお話しします。

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まずはSTEP1の心身相関の理解の確認です。

患者さんがご自身の身体症状をどのように理解されているかを確かめます。

また、現病歴を聴取する中で、「家族の人はどんな風におしゃっていますか?」「前の先生はどんな風に説明しておられましたか?」とお聞きし、

「それに対してどんな風に感じました?」と患者さん本人がどのように感じているかを確認します。

そして、「何か病気が隠れているんだと思います」のように心身相関の理解がまだ得られていない場合には

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STEP2である心身相関の理解の促進に移ります。

我々心療内科医が用いる方法としてはこのようなものがあります。

体の診察を通じて心身相関の理解を進めていきます。

これはあとで診察例をお示しします。

また症状エピソードを丁寧に聞くことで、患者さんが気づいていなかった誘因を自ら語られていくことがあります。

例えば過敏性腸症候群の腹痛エピソードを丁寧に聞いていくと、平日のみの症状であり、職場でのストレスが原因であることに患者さんが自ら気づいていかれることもあります。

また記録用紙をお渡ししして、症状の変化を記録してもらうこともあります。

疼痛日誌やピークフローメーターを用いた喘息日誌などの記録を通じて心身相関に気づかれる方もおられます。

医療者側から提示する場合には、信頼関係を構築した上で心身相関を含めた病態説明を行います。

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身体診察を用いた心身相関の理解の促進の例をお示しします。

こちらは「Arm Chair Sign」という診察方法になります。

慢性的な筋緊張のある方では、写真のように腕を支えて「力を抜いて下さいね」とお伝えして、手の支えを外した後も腕が下に落ちません。

この体験を通じて患者さん自身が無意識の筋緊張に気づかれることが少なくありません。

また肩の筋肉の触診や圧痛の再現を通じて

「慢性的に体に力が入っているようですね~。」とお伝えすることで、

患者さんが心身の緊張とその原因に目を向けていかれることはしばしば経験します。

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以上のような方法でも心身相関の理解を促すことが難しい場合、もしくは同時に

患者さんが受けいれやすい病態仮説を提示することがあります。

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下行疼痛抑制系ですが、慢性疼痛の患者さんに説明することがあります。

このような図を患者さんにお見せして、

「痛みには脳から抑制する経路があるんです。この経路はつらいことやしんどいことがあると効果が減弱して、痛みを脳で強く感じてしまう。逆に楽しいことやうれしいことがあると効果が増強されて、痛みを脳であまり感じなくなるんです。」

と心身相関の理解のサポートを行います。

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こちらは筋筋膜性疼痛のモデルです。こちらも慢性疼痛の患者さんに用いることが多いです。

患者さんの身体診察の際に筋肉の圧痛があるような場合に用います。

このような絵をかきながら、

普通の筋肉では痛みを起こす物質ができても筋肉の中にある血管が洗い流してくれます。

だけど、ぎゅーっと筋肉が収縮していると血管も押されてぺっしゃんこになって痛みを起こす物質を洗い流せなくなります。

で、痛いと体に力が入りますよね。するとますます筋肉が収縮して悪循環に入って行ってしまいます。

と説明を行います。

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こちらは自律神経系を介した心身相関の説明モデルです。

「僕は学会なんかで緊張するとドキドキするんです。これは大脳で緊張という感情を感じて、これが自律神経の中枢である中脳に影響を与えて、それが心臓に伝わって、脈は速くなるんですね。」と説明しながら、ネガティブな感情があると、自律神経を介して、症状が出ることを説明します。

ただし、過去の「自律神経失調症」という診断名にあまりいい印象を持っていない患者さんの場合は使用を避けた方がいいかもしれません。

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点字の例えです。これは注意集中による症状増悪を説明する際に用います。

目の見えなくなった人がいて、点字を初めてさわったらどうでしょう?たぶんわからないですよね。

でも、毎日触っていると指先に神経が鋭敏になって細かい違いを見分けられるようになります。

このように人間の体にはすぐれた機能があるんですが、つらい症状に関しては逆効果になることがあるんですね。

毎日つらい症状と向き合っていると、その症状をより強く感じるようになってきます。

と説明を行います。

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心身医学的治療において心身相関に「患者さんが自ら気づいてもらえるように」することは有用です。

患者さんによって気づきの度合いは異なるため、医療者が柔軟に促し方を変えていく必要があります。

時には何年もかけて、患者さんが気づいていかれるのを待つこともあります。医療者自身が焦らず、患者さんのペースに寄り添うことが成功の秘訣です。

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治療の枠について書いてみたいと思います。医療者として、患者さんやご家族が求めて来られた場合にはできるだけお話しを聞いてあげたい気持ちになります。もちろん、時間のある時には話をじっくりと聞いてあげることは大切だと思います。一方で時間や場の枠を大事にすることもあります。それにはいくつか理由があります。

 

①   患者さんの不安や怒りが強くならないようにするため

時間外でも対応したり、長い時間話を聞くことで、患者さんの症状や不安が強化されることがあります。話を聞いてもらわないとどんどん不安が強くなったり、対応してくれなかった医療者への怒りが出てきたりすることもあります。患者さんのためによかれと思った対応が逆に患者さん自身を苦しめることになります。

 

②   患者さんが自分で乗り越えるチャンスを提供するため

医療者に対応してもらうという対処方法によって、患者さん自身が症状を自己コントロールする機会が奪われてしまうかもしれません。医療者の関わりのないところで、患者さん自身でなくとも、家族、友達、趣味など、患者さんが持っているリソースが役立つこともあります。

 

③   患者さんが自分の中にある「観察する自我」を見出すため

枠を設定されることで患者さんは葛藤を頂くことになり、自分のことを観察する自我が出てきます。医療者は患者さんの中にある「観察する自我」と治療同盟を結ぶわけですので、治療が進みやすくなります。

 

④   医療者自身が患者さんに陰性感情を抱かないようにするため

限られた勤務時間の中で、多くの時間を要求された場合に医療者は患者さんに陰性感情を抱きやすいものです。そのような陰性感情は患者さんとの良好なコミュニケーションを阻害します。

 

⑤   医療者自身の健康維持のため

多くの患者さんに時間や場の枠にこだわらずに対応し続けると、燃え尽きてしまう医療者もいます。医療者自身の健康があってこそ、患者さんにゆとりのある対応ができると思います。

 

⑥   担当をしている他の患者さんにも同程度の医療を提供するため

一人の患者さんに多くの時間を割くということは他の患者さんに対応する時間が減ってしまう可能性もあります。

 

⑦   他の医療者の対応と合わせるため

開業しているならいいのかもしれませんが、他の医療者と一緒に働くのであれば、彼らの枠から大きくずれない方がよいと思います。「○○先生はいつでも電話対応してくれた」「私の先生は○○先生みたいに長く話を聞いてくれない」という陰性感情が同僚の医療者にむいてしまうこともありえます。

 

というような理由で心療内科ではある程度「枠」を大事にします。例を挙げると、夜に患者さんのところに行かない、面接の曜日を決める、患者さんに提供できる時間をしっかり共有し、その時間はその患者さんのために用意していることを伝える、などです。

ただ、「枠」にがちがちにしばられては、いい関係が築けない時もありますので、時にはフレキシブルに枠を崩すこともあります。結局のところ、「枠」は目の前の患者さんがどのような方なのか、医療者自身がどのラインまでなら自分がいい医療を提供できるのかによって変わってきます。なので、自分のことをよく知る必要もありますね。

 

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神経性食欲不振症患者の外来治療において3つの心理療法の有効性は同等の効果

神経性食欲不振症の診療においては、全身状態管理もさることながら、根治的なアプローチとして心理療法の必要性は常日頃から痛感される。その有効性についての検討は興味深い。

 

摂食障害患者外来において、精神力学的な治療法と認知行動療法、従来の効果的な療法における無作為比較化試験について    Lancet 2014;383:127-37

 

Focal psychodynamic therapy, cognitive behaviour therapy, and optimised treatment as usual in outpatients with anorexia nervosa(ANTOP study):randomized controlled trial

Stephan Zipfel, Beate Wild, Gaby Groβ, Hans-Christoph Friederich, Martin Teufel, Dieter Schellberg, Katrin E Giel, Martina de Zwaan, Andreas Dinkel, Stephan Herpertz, Markus Burgmer, Bernd Lowe, Sefik Tagay, Jorn von Wietersheim, Almut Zeeck, Carmen Schade-Brittinger, Henning Schauenburg, Wolfgang Herzog on behalf of the ANTOP study group

 

背景

 心理療法は神経性食欲不振症患者の治療選択肢の一つであるが、その効果に対するエビデンスが不足している。The Anorexia Nervosa Treatment of OutPatients (ANTOP)試験の目的は、二つの神経性無食欲症に対するマニュアル化された外来治療法――焦点化精神力動療法と、強化認知行動療法の安全性と効果を、従来治療と比較して評価することである。

方法

 ANTOP試験の報告は成人神経性食欲不振症患者を対象とした多施設無作為比較化試験である。ドイツの10の大学病院から患者を登録した。参加者は無作為に、10ヶ月の焦点化精神力動療法、強化認知行動療法、もしくは従来治療(外来精神療法と家庭医による構造化されたケアを含む)に割付けられた。主要評価項目は、治療終了時点でのBMIの増加量で測定された、体重増加であった。重要な副次評価項目は、体重増加と摂食障害に特異的な精神病理の組み合わせに基いて評価した、回復率である。解析はITTで行われた。

結果

 727人がスクリーニングされ、242人が80人;焦点化精神力動療法、80人;強化認知行動療法82人;従来治療に無作為割付された。治療終了時点で54人(22%)が追跡不可となり、フォローアップの治療終了12ヶ月時点では73人(30%)が脱落していた。治療終了時点では、全ての群でBMI増加がみられ(焦点化精神力動療法 0.73kg/m2、強化認知行動療法 0.93kg/m2、従来治療 0.69kg/m2)、群間で有意差は認めなかった。治療終了12ヶ月後の追跡では、BMI増加の平均値が更に上がったが(1.64kg/m2、1.30kg/m2、1.22kg/m2)、群間で有意差は認めなかった。体重減少や試験への参加による、深刻な有害事象は認めなかった。

解釈

 家庭医による精神療法と構造化されたケアを組み合わせた従来治療は、成人神経性食欲不振症の外来患者に対するベースの治療と考えられるべきである。焦点化精神力動療法は治療終了12ヶ月時点での回復に関して利点が示され、強化認知行動療法は体重増加や摂食障害の精神病理の改善の速度に関しては、より効果的と考えられた。今後の長期結果は、これらの新規のマニュアル化された治療法のさらなる適応と改善に有用であると考えられる。

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病態仮説

心身症の治療では病態仮説を作ることが治療上、非常に重要な意味を持つことがあります。今回の説明ではあくまで一般医の先生が実践をして頂けるという範囲の内容で書かせて頂きます。

 

まず病態仮説には二つあります。一つ目は医療者が見立てた病態仮説。二つ目は患者さんやご家族に呈示する病態仮説です。もちろんこの二つが一致することもありますし、異なることもあります。

 

また、患者さんやご家族に呈示する病態仮説を作る上で以下のような点を押さえています。

    医学的に完全には否定できない内容であること

他の医療者から見てあまりに突飛な内容だと誤解を生むことになります。

    患者さんやご家族が納得できる内容であること

    患者さんやご家族の行動変容につながる内容であること

 

例えば、会社での残業が増えた頃から腰痛が持続し、腰痛のために動けなくなってしまった慢性疼痛の患者さんがいたとします。

[医療者の見立てた病態仮説]

仕事のストレスが、慢性的な筋緊張をきたし、腰痛を持続させていそう。

 

この病態仮説は患者さん、ご家族に説明可能な内容だと思います。ただ、患者さんが「仕事でストレスを感じることは全くない」と強く信じていたとしたらどうでしょう?こういった場合にはいくつかのアプローチが考えられます。

    病態仮説が正しいと感じてもらえるくらいの信頼関係を築く

    患者さんが自ら気づいてもらえるような関わりを続ける

面接の中で症状と、周囲の状況、感情、行動との関連を意識して質問を丁寧に行います。

例:「どんな時に痛みが強くなりますか?」「その時はどんな気持ちでしたか?」など

    患者さんの理解に沿った病態仮説を提示する

今回の例であれば、一旦、仕事のストレスのことは置いておきます。例えば、「筋肉のこりができてしまって、そこに疼痛物質がたまって、痛みが持続している。このこりをほぐすために積極的に運動をしていけば、血流が疼痛物質を洗い流してくれます。」のように患者さんが受け入れやすい器質的な部分に焦点が当たっており、なおかつ行動変容につながる病態仮説に修正します。

 

最後に誤解のないようにですが、病態仮説はあくまで仮説ですので、それが真実かどうかはわかりません。治療者がその仮説に固執しないことが重要です。また、医療者が病態仮説を作るような記載になりましたが、患者さんからしっかり話を聞いて、患者さんのストーリーに医学的知識の補強を行うことが基本になるように思います。

 

さらに、病態仮説にはこだわらず、「どうすればよくなるのか」に焦点を当てて関わっていくというアプローチ方法もあります。これはまた別の機会にお話しできればと思います。

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黒人女性における人種差別を受けた経験と成人発症気管支喘息の発生率

人種差別を受けた黒人女性において成人発症喘息の罹患率の高さが認められた。

気管支喘息は代表的な心身症の一つであり、人種差別という慢性的かつ普遍的なストレスの影響を検討する事は、心身医学的にも公衆衛生学的にも意義のある事ではないだろうか。

 

 

Experiences of Racism and the Incidence of Adult-Onset Asthma in the Black Women’s Health Study.

Patricia F. Coogan, ScD; Jeffrey Yu, MPH; George T. O’Connor, MD, FCCP; Timothy A. Brown, PsyD; Yvette C. Cozier, ScD; Julie R. Paler, ScD; and Lynn Rosenberg, ScD

CHEST 2014; 145(3):480-485

 

背景

 人種差別の経験から生じる慢性的なストレスは、気道とその免疫システムに影響を与え、成人発症気管支喘息の発症率を上げる可能性がある。我々は1995年から2年毎に質問紙を郵送しているアメリカにおける黒人女性の前向き試験である、the Black Women’s Health Studyにおいて、人種差別の経験と喘息の発症率の関係について前向き解析を行った。

方法

 1997年から2011年までの38142人の参加者の内で、1068人の喘息発症の報告を得た。

 喘息発症の定義は、1997年から2011年の間に初めて喘息と診断され、少なくとも1週間に3日以上は吸入薬か内服薬を使用していることとした。

 日常的人種差別スコアは、日々の生活における人種差別を受ける頻度に関する5つの質問から作成され、1997年と2009年に行われた。日々の生活において人種差別を受ける頻度を測り、生涯に渡る人種差別スコアについては職場や家庭、警察からもたらされる差別に関する質問に基づいて作成された。解析には喘息発症における上記人種差別スコアの各項目に対するmultivariable incidence rate ratios(IRRs)95%信頼区間を求めるのにコックス多変量回帰モデルを使用した。

結果

 1997年の日常的人種差別スコアに関して上位1/4の参加者と下位1/4の参加者を比較すると、IRRs1.45(95%CI 1.19-1.78) (P for trend<0.0001)、生涯に渡る人種差別スコアが最大値の参加者と最小値の参加者を比較すると、IRRs1.44(95%CI 1.18-1.75)(P for trend=0.0004)であった。1997年と2009年に同じ程度の人種差別を報告した女性では、喘息発症のIRRsは、日常的人種差別スコアに関して上位1/4の参加者が2.12(95%CI 1.55-2.91)、生涯にわたる人種差別のスコアが最大値の参加者が1.66(95%CI 1.20-2.30)であり、この参加者群ではより強い相関を認めた。

結論

 人種差別は黒人女性において成人発症喘息と生の相関を認めた。アメリカ黒人女性は人種差別を経験する機会の多く、喘息の罹患率が高いことから、人種差別と喘息との関連は公衆衛生学的にも重要な意義がある。

  

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喘息罹患児においてネガティブなライフイベントは喘息発作リスクを上昇させる

The role of acute and chronic stress in asthma attacks in children.

Sandberg S, Paton JY, Ahola S, McCann DC, McGuinness D, Hillary CR, Oja H.

Lancet. 2000 Sep 16;356(9234):982-7.

 

背景

強いレベルのストレスが遺伝的にリスクのある小児における喘息発症と罹患率増加に関連ことが示されてきた。本研究はストレスが実際に小児喘息患者で新たな発作を引き起こすかどうかを調べるために行った。

方法

喘息罹患児を18ヶ月間前向きにフォローアップを行った。日記と毎日のピークフロー値を用いた継続的モニタリングを行い、同時にライフイベントと長期の心理社会的体験に関して面接調査を繰り返し行った。評価項目は、喘息発作、重大なネガティブなライフイベント、慢性的なストレス要因とした。

結果

患児自身に関わるものと強い慢性ストレスに関わるもの両方を含む、重大なライフイベントは新たな喘息発作のリスクを有意に増加させた。慢性ストレスを伴わない重大なライフイベントの影響はやや遅れて起こっていた。ライフイベントが起こって2週間の間は影響がなかったが、続く4週間(2週間後~6週間後)に喘息発作のリスクの有意な上昇を認めていた(odds ratio 1.71 95%CI 1.04-2.82, p<0.05 for weeks 2-4, 2.17 1.32-3.57, p<0.01 for weeks 4-6)。重大なライフイベントが高い慢性ストレスを背景に起こった場合には、喘息発作のリスク上昇は早い段階で起こり、ほとんどが2週間以内に起こっていた(2.98 1.20-7.38, p<0.05)。喘息発作の頻度は複数の因子によって影響を受けており、そのいくつかは喘息に、そのいくつかは患児の特性に関連していた。女児、ベースラインの喘息重症度が高いこと、6ヶ月に3回以上の発作歴、秋から冬の季節、両親の喫煙は全て新たな気管支喘息発作のリスク上昇に関連していた。社会的階層と慢性ストレスはリスク上昇に関連していなかった。

解釈

重大なネガティブなライフイベントはその後に続く数週にわたって、患児の喘息発作のリスクを上昇させる。患児の生活状況が多要因の慢性ストレス要因にさらされている場合には、さらに喘息発作リスクは高まり、より早くに発作のリスク上昇が認められる。

 

 ストレスが喘息罹患児の発作に与える影響を前向きに調べた研究です。日常臨床で患者さんを診ていて、ストレスと喘息発作の関連を感じることは多いので納得です。